2010年3月31日水曜日

明け方の冷えは身体に堪える。

最近、明け方の冷えが原因と思われる症状で治療に来る人が多い。3月も終わりが近いというのに、最低気温は連日10度以下、日中の気温も15度前後で、これが春かと思われるような肌寒さが続いている。ことに明け方は冷える。この冷えが首や肩の凝りを悪化させ、めまいや耳鳴り、頭痛、倦怠感などを作り出す。

しかし、たいていの人は、明け方の冷えがこれらの症状の原因だとは気がついていない。

特に、マンションや、最近の高断熱の住宅に比べると、在来工法で作られた日本家屋は寒い。そのため、コタツに足を突っ込んで、背中を丸めてテレビを見るというような生活になりやすい。寒さは、若いうちはさほど身体に堪えないが、年を取るにつれて、悪影響を及ぼすようになる。

若い頃は楽しかったはずの庭木の手入れなども堪えるようになる。歳を取ると庭はないほうがよい。草取りで腰を痛める人のなんと多いことか・・・・

私も寒さには至って弱いので、戸建て住宅にはとうてい住めない。いまは、鉄筋コンクリートで作られたアパートに住んでいるが、たまに知人の家などに遊びに行くと、冬は寒くて仕方がない。

日本が大好きだったラフカディオ・ハーンも、日本の家屋の冬の寒さに対する備えの悪さには苦言を呈している。(当時はまだ残っていた、既婚婦人のお歯黒も、苦手だったようである。)

冷えに対してどのように備えるかで、老後の健康度に大きな違いが出てくる。

2010年3月27日土曜日

「補瀉迎随」(ほしゃげいずい)

 前回のエントリで、「それらを治していた針や灸の技術の多くは、もはや社会から消えてしまっている」と書いた。これには、経絡治療家から反論がありそうだ。

 それを行うのが「補法」である。「補瀉迎随」(ほしゃげいずい)という針治療の基本を知らないのか?

とお叱りを受けそうだ。知らないのではない。ただ、平均体温が、むかしの日本人に比べて1度前後も低下していると言われる現代の日本人に、中国の古典に書かれている通りに「補瀉迎随」の手技を施しても、書かれている通りの効果が現れるとは考えづらいのである。

 実際、私の治療を受ける人たちは、経絡治療を一定期間受けている人が多い。そして、効果がなかったというのである。こういう人は、おおむね体温が低いのである。

 私の針は、邪気を瀉するに徹している。そして、「正気」(せいき)を補う必要を感じたときは、信頼の置ける漢方薬局か、漢方薬を処方してくれるクリニックを紹介する。そのときは、症状その他を詳細に書いて渡すことにしている。

 つまり、瀉法は、私自身が針で行い、補法は、漢方薬で行うという分業体制にしているのである。

 どうしてこういう方法をとるかというと、ひとえに、治療コストを抑えるためと、治療日数の短縮化が、現代社会では求められているからである。

 以前、30代の男性が耳鳴りを訴えて治療に来た。邪気を瀉すことは、針で行い、正気を補うことは漢方薬局に依頼した。この方法で、この人は3日後にはほぼ治り、1週間で完治し、以来、再発していない。この人には、夜釣りの趣味があったが、やめさせた。耳の周辺を冷やしてはならないからである。ただでさえ不眠になる。

 もう若くはないよ・・・・

と言っておいた。

 古典に書かれている通りの方法で、古典に書かれている通りの効果が期待できるほど、現代社会は甘くない。社会そのものが病んでいるのである。

 年間3万人もの自殺者(そのほとんどは鬱死である)がいる国が健康であるはずがない。行方不明者、不審死、自殺未遂などを含めると、自殺を企図した人は、7~8万人に達するはずである。これらは、「正気」が失われた結果としての死である。精神病理学的には「鬱病死」である。

 西洋医学にせよ、漢方医学にせよ、死んでいった人たちに何らの医療サービスも提供していないのである。こういう状況が10年以上続いている。

 毎年大量の戦死者を出していた太平洋戦争の末期と変わらない死者の数である。B29による無差別爆撃と、2発の原爆による死者の数を別とすれば、であるが・・・・・

医療のニーズとサービスのギャップ

 以前にも何例かあったのだが、最近また同じような状況で来院した人がいたので、この問題について書いておこうと思う。「この問題」というのは、現在の日本が国民に対して与えている各種健康保険による医療サービスと、国民が必要としている医療ニーズのギャップに関するものである。おそらく厚生労働省はこの問題に気づいていないし、多くの医師も気づいていないと思われる。

 これらの患者は、いわゆる不定愁訴を訴えて、自分にとって一番気になる症状を改善してくれそうな医療機関に足を運ぶ。たとえば、頭痛であれば一般内科か脳神経外科、耳鳴りやめまいであれば耳鼻科である。

 そうしてほとんど「異常なし」という診断を受けるのである。医療機関の処方としては、鎮痛剤や精神安定剤、入眠剤、あるいは、ステロイドの点滴やペインクリニックで行われる星状神経節ブロックなどである。こういう処置を受けてなおかつ改善しない人、というか、ほとんど何も変わらないような人が、たまたま人に尋ねて私の治療を受けに来ることがある。

 最初は、こちらも対症療法的な治療をする。通常はそれで症状は改善するはずであるが、これらの人は、改善しても一時的か、あるいは大して変化しないのである。

 こういうときは、「これは変だ・・・」という勘が働く。それからの仕事は、いわゆるライフイベントについて少しずつ聞き出すことである。ライフイベントというのは、出産・育児・教育・仕事・結婚・住宅・引越・医療・介護・葬儀などのことを言うが、年齢や性別に応じて、関係の深そうなことから少しずつ聞き出していく。

 そうすると、近親者の死や、高齢者の介護や、子供との不仲、嫁と姑の確執など、さまざまなことが生活のストレスとして隠れていることが分かる。このストレスがときとして深い抑鬱状態を作り出していることがある。それを即座に鬱病と決めてしまってよいものかどうかは、私には分からないが、 もしも、これらの人々が心療内科を訪れれば、神経症、神経症的抑鬱、あるいは鬱病という診断を下されるだろうと思う。

 もし現代のようなせわしなさのないゆったりとした時代ならば、こういう場合は毎日お灸をすえ続けるか、あるいは漢方薬などでじっくりと気力と体力が回復してくるのを待つことが出来ただろう。毎朝、朝日を拝んで柏手を打つことで少しずつ回復していくと言うこともあり得るだろう。

 しかし現代社会には、そのようなゆとりはない。患者はすぐに治ることを望んでおり、治療には即効性が求められている。 こういう人たちは、いわば、水位の下がった湖のような状態になっていて、ボートに乗ってゆったり進もうとしても、水面に顔を出した岩などにぶつかってしまうのである。そのたびに、止まったり、傷ついたりする。それが要するに、これらの人たちが訴えている「症状」なのである。

 だから問題は、水位を上げることにあるのであって、対症療法的に症状を消そうとすることで解決するものではない。水位を上げるということは、要するに気力と体力を上げるということだ。

 現代医学では、心療内科や精神科で処方される抗うつ剤がその効果を持っているが、まだ、決定打となる薬は作られていない。かなり良い薬はあるが、効果は人によってさまざまだし、不眠や不安などの副作用もそれなりに強く、処方が適当でなければ返って危険な場合もある。

 以前は、家庭に誰かひとりかふたりは、お灸を据えることの出来る人がいたが、いまは居ない。そんなことをする時間もない。

・・・要するに、何を書きたいかというと、現代社会に於ては、医療サービスと医療ニーズの間に大きなギャップが出来ていて、それが慢性的な疾患を抱える多くの人を治せない原因のひとつになっていると言うことだ。

 そして、それらを治していた針や灸の技術の多くは、もはや社会から消えてしまっている。

2010年3月20日土曜日

さすがは凄い!! 現代医学!!

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「慢性痛」解明へ一歩 ラットで人為的に発症、愛知医大 (2009.2.8)

九州大医学研究院の吉村恵教授(神経生理学)の話: 慢性痛は、神経損傷ではなく筋肉からくる痛みのケースが多い。実態に近いモデルは極めて珍しく、治療法や薬物開発に有効な研究成果だ。
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 この記事を読んで、驚いた。針灸学では2000年以上も前から当たり前のように分かっていたことが、最新の研究になるのだそうだ。

 さすがは凄い!! 現代医学!!

うちに毎日やってくる人たちは、みんな、現代医学に見放された治療難民なんだけど、研究が出来ていないんだから仕方ないんでしょうね。

 おかげで、私は食いはぐれませんわ・・・・

感謝しなきゃ・・・・

深刻化し続ける老老介護

 老老介護の問題が取り上げられるようになってかなりの年月がたっているが、状況はあまり改善していない。ご主人の介護で腰を痛めたご婦人(といっても、もう76歳なのだが)が、治療に来た。

 幸い近くに住んでる人なので、ご主人がデイケアに言っている間などに治療に来ることが出来る。この人など運がよい方である。近くに病院も治療院もないという僻地の寒村で介護をしている人たちも多い。

 子供も、親兄弟も、遠くに住んでいるという。簡単に手伝いに来ることは出来ないらしい。

 こちらに出来ることと言えば、丁寧に治療して、料金をいくらかでも安くしてあげることくらいである。それでも、いずれは行き詰まるときが来るかもしれない。

 介護用品の紹介などもしてあげた。必要なら業者も紹介できるが、それは頼まれたときのことである。こちらから話を切り出すと商売をしていると思われることが多い。

 出来る限りのことはしてあげるが、それ以上は出来ない。

これが先進国か・・・・、と情けなくなる。
 

緊張型頭痛は100パーセント治る。

 頭痛の中でも、肩と首の凝りに由来する緊張型頭痛は、針と指圧で100パーセント治る。それもほぼ1回の治療で痛みが消えるのだ。

 脳そのものに原因がある偏頭痛の場合は、痛みは軽減するだけで消えはしない。軽減するというのは、要するに緊張型頭痛が発している痛みが取れると言うことである。

 (偏頭痛+緊張型頭痛)-緊張型頭痛=偏頭痛

ということである。偏頭痛の治療には、血管収縮剤を使うしかないようである。

 緊張型頭痛がきれいに治っても、肩と首の凝りが戻れば、また頭痛が始まる。そのときは、同じ治療をするしかないが、それはやむを得ない。

2010年3月17日水曜日

治療は商売ではない

治療院にお客が殺到!!

年収ウン千万円!!

ホントかウソか知らないが、年収1億円にもなるところがあるそうな・・・・

・・・・ところで、そういう治療院は、本当に患者のこと考えて治しているのかと疑問に思う。

いくら儲けたかを吹聴するのは商売人の所行である。商売ならそれでよい。それが商売というものだからだ。

しかし、治療は商売ではない。

そういう基本的なモラルが、医療業界全般に欠如している。

ああ、医は算術と言われて久しいが、いまなお、いや、いまさらに、医は算術である。

嘆かわしい・・・・・・・

嘆かわしい・・・・・・・

ああ、恥知らずどもの嘆かわしさよ・・・・・・・・・・・

太宰治が嘆いた「人間失格」の主人公の顔は、いままさに、日本の顔になっている。

嘆かわしい・・・・・・・・

そうして良貨が悪貨に駆逐されるように、良医は悪医に埋もれていく・・・・

痛みの風船?

痛みの風船ということについて書こうと思う。

人の身体には、痛みの風船がいくつも付いている。その風船がパ~ンと破裂すると、

 痛ぁ~あ~い

ということになる。たとえとしてはこんなものだろう。もっとも、これは私が針を刺したときの痛みをたとえたもので、怪我や腹痛や頭痛などは念頭に置いていない。出産の痛みなどもこういうたとえは当てはまらない。たとえば、ぎっくり腰などが、こういうたとえが当てはまりそうな痛みである。

いきなり、パ~ンと破裂する。

これと同じことが、針治療でも起きる。針で硬くなった凝りの表面を突くと、時には、

 フンギャ~

というくらいに傷む。針が凝りを通ると、もう一度、

 フンギャ~ス

というくらいに痛む。ところが、これでもう痛みの風船は破裂したのだから、少なくとももう当分は、急なぎっくり腰の痛みに襲われることはないのだ。帰るときには、

 あれ? あの痛みはどこに行った????

と怪訝そうな顔をして,前屈したり後屈したり、腰をひねったりする。

痛みはないですか? と、聴くと、

 もう大丈夫みたいですねぇ・・・・・

などと言う。この痛みの風船は、最初は小さなものだったのだ。それがだんだん大きくなって、何かの弾みにバンと破裂するのだ。西洋では「魔女の一撃」というが、まさにそのような痛みである。

仕事中などにそんな痛みに襲われたのでは叶わない。出張先や旅行先ならなおさらである。

それよりは、治療院のベッドの上の方が安心である。そうしてちょっと痛い思いをしてもらった後、治療に来るタイミングについて教えておく。

要するに、痛みの風船が破裂する寸前に来るのが一番痛いわけで、ちょっとふくらみかけたときに小さく破裂させておけば、さほど痛まないのである。このことを心得ている人は、自分にあった一定の間隔を置いて治療に来るようになる。

情報化社会と医療統合

 鍼灸師・指圧師・整体師・あんま・マッサージ師の社会的地位は至って低い。ついでに収入も低い。昨今では、高齢者が先行きの生活に不安を覚えるようになって、治療院に足を運ぶことが少なくなったから、さらに収入が減っている。

 さいわい、私は主に働き盛りの人の急な痛みの治療を得意にしているし、10年も前からホームページを作っているので、中年層と新規の顧客に恵まれている。ただし、高齢者だけを見ると、半減している。これは、80歳を過ぎた人が主にデイケアに行く機会が増えたことにも原因がある。デイケアの場合は、送迎の車が来てくれるが、治療院だと、自分で来るか、家族に送迎を頼まねばならない。これは、お年寄りにとっては,気の重いことなのだ。だからついつい遠慮してしまう。

 高齢者が主な客層であった治療院は全国的に見ても、冷え込んでいるはずだ。そういう事情もあって、この業界は不景気業種のひとつに数えられているらしい。

 しかし、技量の差はあるにしても、やっている仕事というのは、病院の外来では治らなかった人たちの治療がかなりの割合を占めている。そして実際、かなり長期間患っていた症状であっても、時には完治するし、少なくとも軽快はするのである。が、その仕事の質に比べれば、この業種の人たちの社会的地位というものは低い。

 100年以上も前のことになるが、明治政府が、西洋医学と漢方医学のいずれを国の基幹医療とするかという問題を議論したことがある。僅差(4対6くらいの割合)で、西洋医学派が勝った。その僅差が、今日の大きな社会的地位の相違となって現れている。

 いずれを是とするかの二者択一ではなくて、両方を併存させれば良かったのである。この点、中国の方が、医療に関しては、世界をリードしていくようになる可能性が高い。

 実際、漢方薬は効くし、針や灸も効くのである。その他の代替療法も取り入れやすい。少なくとも日本ほど閉鎖的ではないだろう。

 統合医療というものについて考えると、政府は言っているが、果たしてどうなるだろうか? 私はあまり期待してはいないが、悲観的でもない。というのは、情報化社会に於ては、政策などとは関係なしに、自分で情報を仕入れて、自分で医療を統合できるからである。

 情報化社会においては、医療の統合は、各人が自分でやれるし、その情報を集めて、データベースを作ることも出来る。私はすでにそうしている。

 未来の医療は、政策によって統合されるのではなく、「情報」によって統合されていくだろう。特別なことは何もしなくても、自ずとそういう時代がやってくるはずである。ただし、その情報が信頼の置けるものになるようなシステムの構築は必要だろう。それは、力を入れて研究しなければならない。

 特許切れの薬が新薬として発売されるような国の医療機関、医療制度は、情報の力の前には、はなはだ弱いだろうと思うが、情報化という手段を巧みに取り入れれば、様相は変わるだろう。

2010年3月14日日曜日

我が子の対面をつぶす親

 治療院にはいろんな人が来る。子供からお年寄りまでさまざまだ。治療の予約は、だいたいは自分で電話予約をする人が多いが、子供や、自分の夫の予約をする主婦は多い。

 しかし、もういっぱしの社会人になった子供の予約をする親というのは、どうかと思う。子供が社会人になったら、子供としてではなく、社会人として社会的応対がきちんとできるかどうかを見るのが親の役目だ。

 しかし、ときに30代、40代、ときには50を過ぎた子供(いや、もう立派な大人なのだが)の予約をする母親がいる。子離れできないのであろうが、子供(いや、大人なのだが)も、自分で電話すればいいのである。親が予約の電話をかけるといったら、「恥ずかしいから自分でかける」というくらいの、当たり前の意識は持っていてほしいものだ。

 我が子の社会的対面をつぶしてどうするのであろうか?

こちらは、

 いい歳をして何を考えているのか!!

 四十ヅラさげて親に電話なんかしてもらうなよ!!

という目でしかその人見ない。親離れ、子離れが出来ないというのは、社会的対面という点から見れば、実にみっともない。

心療内科ならぬ「針療内科」

 胃腸の不具合や、頭痛で針治療に来る人は珍しくない。もっとも、そういう人は、針が内科的な疾患に効くことを知っている人だ。不眠や倦怠感などで来る人もいる。

 こういう症状にも、針は非常に良く効く。心療内科ならぬ「針療内科」というものも、作れば出来そうである。中国では、実際にやっているだろう。漢方薬と組み合わせれば、実に効果的だ。中国の「中医」がやっているのと同じである。

 とくに不定愁訴や慢性疾患には、効果的である。

 なぜ日本は西洋医学一辺倒なのだろう? だが、西洋医学といっても奥が深い。カイロプラクティックやオステオパシーなどのような、西洋の整体術などは、漢方の知識も取り入れて、実に効果的な治療を行っている。

 日本で盛んなのは、外科的処置と薬物療法であって、それは、西洋医学の一部でしかない。

それを主流にするのは構わない。しかし、それだけに頼ると、それでは治らない人が治療難民になってしまう。

 生活の疲労に起因する症状など、なにも病院で扱う必要はない。そういうものまで抱え込むまなくても、病人は山ほどいる。医師が過労死するくらいの病人がいるのだから、なにも、生活疲労まで面倒見る必要はないだろうと思う。

 パラメディカルを充実させないと、医師も患者も一緒に沈没しかねない状況になっているように思うのは、私だけだろうか??

2010年3月10日水曜日

鍼師は金属の基本的な性質を知るべきだ。

 鍼師が金属についての基礎的な知識を学んでいないことは大いに問題だと思う。金属を専門に扱う分野は冶金(やきん)学と言われる。また、金属疲労などは、金属の材料力学で学ぶ。応力集中という現象を知らずに針をするのは、いささか危険である。

なにも、専門的に学ぶ必要があると言っているわけではないが、針治療に必要な知識、つまり、針の製造方法や、金属の基本的な性質などは、知っていた方がよいし、曲がった針の表面がどのようになっているかくらいは、顕微鏡で見て知っておいた方がよい。

金属は、結晶構造を持っているが、そのことを、どれくらいの鍼師が知っているだろうか? 曲がった針の表面が、格子状に滑っていることをどれくらいの治療家が知っているであろうか?

厚生労働省は、針灸学校の1年生の時に、針の製造方法と金属の基本的な性質くらいはカリキュラムに組み込んでおくべきだと思う。あるいは、針の製造元の社員さんを講師に招いて、臨時講習を開けばいいと思う。

いたずらに事故を恐れるのではなく、事故を起こさない治療技術を身につけることと、そのバックボーンになる基礎理論を知っておくことが大切なのである。

私は、ずいぶん深い針をするが、針が折れるという心配をしたことがない。というのは、針に余分な力を加えないからである。周辺の硬い組織を和らげながら針を進めていくので、針が折れるような力は加わらないのである。そういう運針(針運び)をする。

そういう運針術の背後には、金属の基本的な性質についての知識がある。いまはインターネットで必要な情報を即座に手に入れることができる時代である。

金属疲労・ステンレス・応力集中・カシメ のような言葉で、検索して調べてみると良いと思う。

どのような職業であれ、職人は、まず、道具について知るべきだのだ・・・・

2010年3月9日火曜日

大吟醸ならぬ大銀醸の話しです。

大吟醸ならぬ大銀醸のはなしである。なんでも世界で初めて、銀のイオン化に成功したのだとか。詳しいことは、「大銀醸」で検索してください。とても良い商品です。

私も、最初はにおい消しに使っていました。

でも、最近、ペットボトルに入れた水にコケが生えないように、チタンと銀のペレットを入れておいたのです。

それを飲んでいましたら、何となく、体調がいいのです。銀イオンが、効いているような感じがしています。

身体に害はないとされています。私もそう感じています。

におい消しによし、飲んでよし、野菜に振りかけてよし、何にでも使えます。

実によい商品です。別に宣伝賞はもらっていませんが、良いものはよいのだから、書いておきます。

交通事故で胸骨が縦に割れた人

 交通事故で胸骨(胸の中心にある平べったい骨)が、縦に割れた人がいる。むろん骨折したのだが、これは身体が前に飛び出すのをシートベルトで一気に止めたことが原因である。むろん、そうしないと、ハンドルに顔をぶつけてとんでもない大怪我をしてしまう。一瞬、シートベルトで止められ、次の瞬間にはエアバッグで顔面強打を防ぐことができた。だから、車が全損するほどの事故の大きさからすれば、実に軽微な怪我ですんだのである。

1300ccの小型車だったそうだが、その程度の大きさの車でも、市街地走行には、十分な安全性をもっているものだと感心した。

その人は、骨折が治って退院した後、あちこちが痛くて治療に来たのだが、勤務先がなんと病院だった。だから、リハビリは、自分が勤務している病院で行っていたのである。

しかし、電気治療などで治るような状態ではなかった。事故の衝撃でダメージを受けた筋肉は、硬く固まって、針先がガチガチと石にぶつかるような状態になる。正常な状態の筋肉がソーセージのようなものだとしたら、硬結した筋肉は、硬いサラミソーセージくらいにはなっている。いや、時には、家の柱よりも硬くなっている。いや、本当に、石のようになっている。私はこれを

凍結筋(フローズン・マッスル)

と呼んでおり、それに起因する種々の症状を、

凍結筋症候群(フローズン・マッスル・シンドローム)

と呼んでいる。それは、不眠・頭痛・吐き気・頑固な咳・背中の張り・腰痛・ぎっくり腰・膝の痛み・各種の消化器疾患など、実に多様な疾患を含む。その特徴は、現代医学の検査では異常が見つからないところにある。

筋肉がそこまで硬くなると、針を曲げずに通すのが大変なのだ。そういう運針(針運び)の技術は、鍼師にとって必要不可欠なものなのだが、最近の若い鍼師は、その技術を持っていない。経絡治療家にもその技術はない。

そこまで針を送らないのだから、そういう凝りがあるということを知りもしない。ついでにレントゲンにも映らないので、医師にもそのような筋肉の異常は、分からない。診断がレントゲンから始まるというのは、現代の整形外科医療の大きな問題点である。

忘れられた筋肉、とでも言おうか、とにかく、筋肉を見ないのが現代の医療の負の特徴である。

この人は、10回くらい治療に来た。それで、ともかく、痛みのない生活を送れるようになった。仕事も支障なく続けている。

五十肩と局所ジストニア

 病院で「五十肩です」と言われた人は多いと思う。しかし、症状的にはまったく同じように見えても針で治療できる五十肩と、一年から一年半の間、痛みに耐えながら自然治癒を待つしかない五十肩とふた通りあることは、ほとんど知られていない。

両方とも五十肩であることに違いはないので、五十肩のⅠ型とⅡ型というふうに分けてもよいだろう。Ⅰ型が治せる方、Ⅱ型が治せない方。五十肩のⅡ型は、ホントに何をしても治らない。これは、おそらく、ローカルホスト・ジストニアだろうと思う。

おもしろいのは、時期が来ればケロリと治ることである。脳が「あ、まだ肩は上に上げるんだな」ということを理解するのかもしれない。

割合的には、Ⅰ型が8割、Ⅱ型が2割といったところだが、混合型も少なからずある。典型的なⅠ型なら、私は、一回か二回の治療で治せるが、典型的なⅡ型は、

 何をしても時期が来るまでは治りません。

と引導を渡すしかない。中枢からの命令は絶対的であって、末梢をいじってもどうにもならないのだ。せいぜい、痛み止めを使って、仕事ができるように、あるいは、睡眠時間を確保できるようにするしかない。

 この症状が首に出ると痙性斜頸になるのだと思う。これもじつにやっかいで、簡単には治らない。

インターネットは、便利な道具で、こういう難治性の症状の治療を得意にしている治療院を探すこともできるが、全国的にみれも、稀である。運良く近くにあればいいが、遠いと通うのが難しい。

 五十肩のⅠ型を長期間放っておくと、Ⅱ型やⅡ型との混合型にに移行することが多い。その意味でも早期の治療が必要なのだが、だいたいは、数ヶ月以上立ってから治療に来る人が多い。

 耳鳴りやめまいと同様、これも残念な思いをすることが多い疾患である。

2010年3月7日日曜日

止めの灸

止めの灸というものがある。私にはその腕はないが・・・・

15歳の頃、膝を痛めて、近くのK先生に針をしてもらった。浅からず深からずの針であったと記憶している。

数回の治療が終わる最後の時、

  ちょっと足に灸をすえるからな。これは止めの灸というて、これをやっておけば
  もう一生、足はわるくなりはせんからな・・・・。
  ちょっと熱いが我慢せんといかんで・・・・。
こういわれて足の裏にいくつか灸を据えられたのだが、そのときの暑さは、40年以上たったいまでも憶えている。米粒の半分くらいの灸なのだが、足の裏の灸は、本当に熱い。もっと熱いのは、足の爪の脇にすえる灸である。

 私のお客さんに、そこに灸を据えられた人がいる。慢性腎炎を治すツボである。

 熱かった~・・・熱かった~・・・熱かった~・・・

と何度も言っていたが、

 おかげであれから腎臓は悪くならない。

と言っていた。

 マッカーサーGHQが、これは拷問の道具だ!!

と言ったというのも頷けるほどの熱さなのだ。

 あれから40年以上たったが、膝が悪くなったことは無い。

@針は痛くありません。灸は熱くありません。@

 そんな宣伝文句を私は信用しない。

2010年3月6日土曜日

アルコールと家庭内暴力

治療には、原則として1時間くらいかけることにしている。何度も治療しているうちに、気心も知れてきて、家庭での問題などを話すようになる人もいる。ひとはみな、それぞれの悩みを持っているものだと思う。何不自由ない生活をしているように見えても、それはあくまでも傍目(はため)でしかない場合が多い。

いろいろな問題の中でも、かなり深刻なのが、家庭内暴力である。これは、本人が自ら精神科にでも治療に行けば解決する問題だろうが、そういうことはあり得ない。暴力を受ける家族が、精神を病んでしまうことはいくらでもあるが。

ある人は、夫が毎晩3時間以上も、酒を飲んでは自分を罵倒することで、とうとう統合失調症を発症してしまった。薬物療法で、一時は寛解したのだが、ご主人の罵倒が原因で再発し、離婚して精神病院に入院してしまった。

その病院の院長の応対を母親から聞いて、いささか不安になった。治療する前から

 これは治らん!!

と言ったというのだ。「馬鹿か・・・」と思った。他の病院(そこは運悪くベッドが満床で入院できなかった)では、服薬しながらであれば、普通に暮らせるようになりますと、言われていたのに・・・・

それから8ヶ月ほどの間、母親(もう八十歳をこえている)が治療に来るたびに様子を効いていたが、徐々に寛解していって、いまは、普通に会話もできるという。主治医は、「8割なおりましたね。あと2割です」といっているという。

良い医師に診てもらっているのだと思う。「これは治らん!!」と言った院長が治療していたら、本当に治らないだろうと思う。というより、薬物療法の技術が、ないから治せないのだろう。「治らん!!」ではなくて、「私には治せん!!」のだろう。

 家族で花見ができたらいいですね。

と言った。父親は85歳、母親は82歳である。人生の終わり近くになって、楽しいひとときを過ごせれば、それはうれしいことだろう。我が子の先行きを心配しながらの老後の生活など、よいものであるはずがない。

 桜前線が近づいてきたら、家族での花見を話題にしようと思う。

2010年3月5日金曜日

針治療は痛いか?痛くないか?

 針はいたくありません。

私は、こういう宣伝文句を信じない。なるべく痛くないようにはするが、痛いときは痛いのである。

それに、痛みの感覚は、正常な人で1000倍くらい違うのだ。

ある人は、刺すたびに痛いという。ある人は、針をしてもらっている間、ずうっと気持ちがいいという。

そのときは痛くないが、翌日痛む人がいる。そのときは痛いが、治療が終わって服を着ている間に痛みが消えて、翌日も何ともないという人がいる。

十人十色、百人百様なのだ。

本当に、誰にとっても痛くない針をするなら、接触針にすればよい。接触針というのは、針の先を皮膚に乗せるだけで、刺すことはしない。あるいは、刺さない針(主に小児用に使われる)を使えばよい。

しかし、たとえば、ぎっくり腰を一回の治療で治そうとしたら、皮下数センチにまで針先を送らなければならない。いわゆる神経根治療が必要になるのだ。

これは、神経を取り巻いて硬くなっている筋肉を針を使って和らげる治療法で、実に奏功する。自分で車を運転して来た人、あるいは、自転車や徒歩で来た人なら、帰りは

 ルンルン気分

なのだ。なぜかって、すぐにも仕事に戻れるから。

今の時代は時間も財布の具合も昔とは違って厳しいのである。悠長な治療はしていられない。一発即効的な治療が求められているのである。

治療を数回に分けて痛くないように治しましょうか? それともちょっと痛いけど、一回で治しましょうか? というと、全員が、

 一回で治してくれ!! とにかく早く治してくれ!!

という。自然治癒力を利用しながらゆっくり治せばいいと言う時代ではない。

いずれまたそういう時代が来るかもしれないが、それは、まだ10年以上先のことだろう。

2010年3月4日木曜日

むち打ち症に抗うつ剤を投与する整形外科医は何を考えているのだろう?

むち打ち症によるめまいで若い男性が治療に来た。整形外科でもらった薬を飲んだら、症状がひどくなって部屋から出られなくなったという。

 何の薬をもらったの?

と聞くとトレドミンだという。

それって、SNRIって言われる抗うつ薬だよ。

というと、文献によると効いた例が一例報告されているから、使ってみようということになったらしい。

一例の報告で使ってみるというのは、いささか呆れる話である。患者は実験台ではない。テストをしてはいけないのだ。

それでどうなったのかと聞くと、縦に横に斜めにめまいがして、もう、立ち上がることもできなくなったという。

ヤブ医者以下のタケノコ医者である。

保険会社は、その誤投与の分まで保険料を支払わねばならないだろう。とんだとばっちりだ。

その人のめまいは、針治療三回で消えた。針治療には、そういう即効性がある。

私の治療院にめまいの治療に来た人で、帰るときにもまだめまいがするといった人は、まだいない。

吐き気や、咳に関しても同様である。

針の鎮静力というのは、それほどに強いものなのだ。しかし、それを発揮できない鍼師が多いのも事実である。

なぜ、鍼がこれほどまでに効くのか、国は、医療費軽減の意味も兼ねて、こんご積極的に検討すべきであろう。

針治療は、国の保険負担を大幅に減らせる可能性があるのだ。

日本も、針医・漢方医など、中国の「中医」にあたる医療的立場を作るべきである。

薬剤師に、もっと大きな権限を与えて(いまの医薬分業は、形だけ。根っこはくっつているでしょう!)、サプリメントなども積極的に取り入れて、低コストで、効率的な医療体系を考えるべきなのだ。

って言っても、誰も取り合ってはくれないだろうけどね(笑)

私の治療方法自体が、地元鍼灸師会から異端視されているんだから、お話のほかです。

針は、浅くても効くんだそうだ。刺さなくても効くという人もいる。じゃあ、針管使わなくてもいいんじゃないの?

5ミリくらい刺すだけの針なら、針管はいらないでしょ!!

いっそのこと、気功針でも始めたらいかが? 針を以て気功をするの!! 

効くかもね。効いたら爆笑ものだけど。ホント、「病は気から」って言うことの証明にはなるわいな。

ついでに書くけど、「元気が出る薬」と言うことでデプロメールを処方した内科医がいる。初期の副作用を知ってるのかね? この内科医は。

それで、

 病院に行ったあと具合が悪い・・・

って言われても、針師は困るって言うの!!!!

その人には、吐き気止めの針をしましたけどね。

デプロメールの副作用一覧をプリントアウトして渡しましたよ。何でこんな薬を飲まなきゃいけないのか、そのお医者さんに聞いてみなさいっていいましたよ。

鬱病でも慢性疼痛症でも繊維筋痛症でもない人に抗うつ剤出すなっていうの!!

製薬メーカーの営業マンは、内科医や整形外科医にかんたんに抗うつ剤を売るなっていうの!!

日本では、医師が医療を独占する形になっているけど、それで過労死する人が出るほど多忙になっているんだから、自分で自分の首を絞めているようなものだといわれても仕方ないでしょうね。

私の言っていることが、おかしいかい? 変かい????

2010年3月3日水曜日

袖振れ合うも多生の縁

今日は、久留米から、知り合いの知り合いのお母さんが、膝の治療にやってきました。いろいろやったけど治らなかったと・・・

 ああ、そうですか・・・。そうでしょうね・・・

などと言いながら50分ほど治療をしました。先ほど電話がありまして、「ずいぶん調子が良くなりました」と言っていました。                              

 ああ、そうですか・・・。そうでしょうね・・・
と言っておきました。

このご婦人は、将来、「人工関節にするしかありません」なんてことを言われることはないでしょう・・・・。病名は「老人性膝関節症」だということでした。                              

まあ、あまたが痛いから「頭痛」、腹が痛いから「腹痛」というような漢字でネーミングすれば、年を取って膝が痛いというと「老人性膝関節症」ということになるんでしょうね。

 地域通貨で著名なMさんと、人間を犠牲にした上に成り立っている経済って、ひどいものですね、ということを話しました。

そのMさんは50肩を患っていましたので、やはり治療をしました。医者に行ったかどうかたずねると、とりあえず行ってみたと・・・。結果、手術を薦められたそうです。                   

 アホな・・・・      

そんなもの、こうやって、こうやって、こうやれば治るんじゃ、というような程度の治療もしてもらえずに、20年も30年もたってしまってどうしようもなくなったという人が、日本中にはいったいどれくらい居ることやらと思います。たぶん、2000~3000万人は居るでしょう。
本当にひどい世の中だと思います。ますますひどくなる一方でしょう。私は、ささやかな抵抗をするわけでもなく、ただ、できたご縁を大事にするだけです。                             

 袖振れ合うも多生の縁・・・・・
 

2010年3月1日月曜日

めまいや耳鳴りが針で治ることを知っているひとはほとんどいない。

めまいや耳鳴りは針治療で案外簡単に治る。顔面神経麻痺もさほど難しくはない。残念なことに、このことをほとんどの人は知らないし、治療できる鍼師も少ない。

それで、耳鼻科や脳神経外科などであれこれ検査を受けたり、薬を飲んだりしているうちに、すっかり症状が固定してしまうことが多い。そうなると、多少の改善程度しか望めなくなる。

もし、症状が出て一週間くらいの間に来てくれれば、数回の治療で大幅に改善する。現在もそういう治療をしている人がいるが、来るたびに良くなっている。

漢方薬を併用するといっそう効果的であるので、ちかくのクリニックを紹介することも多い。

早く来てくれれば、ほぼ確実に治せる自信はある。しかし、治療に来る人たちのほとんどすべては、病院で数ヶ月以上も治療して、結果が良くないので、藁をもすがる思いで来るのである。

そこから治すのは、いささか困難である。治るにしても、治療回数が大幅に増える。

耳鳴りやめまいに関しては、いつも残念な思いばかりをしている。