前回のエントリで、「それらを治していた針や灸の技術の多くは、もはや社会から消えてしまっている」と書いた。これには、経絡治療家から反論がありそうだ。
それを行うのが「補法」である。「補瀉迎随」(ほしゃげいずい)という針治療の基本を知らないのか?
とお叱りを受けそうだ。知らないのではない。ただ、平均体温が、むかしの日本人に比べて1度前後も低下していると言われる現代の日本人に、中国の古典に書かれている通りに「補瀉迎随」の手技を施しても、書かれている通りの効果が現れるとは考えづらいのである。
実際、私の治療を受ける人たちは、経絡治療を一定期間受けている人が多い。そして、効果がなかったというのである。こういう人は、おおむね体温が低いのである。
私の針は、邪気を瀉するに徹している。そして、「正気」(せいき)を補う必要を感じたときは、信頼の置ける漢方薬局か、漢方薬を処方してくれるクリニックを紹介する。そのときは、症状その他を詳細に書いて渡すことにしている。
つまり、瀉法は、私自身が針で行い、補法は、漢方薬で行うという分業体制にしているのである。
どうしてこういう方法をとるかというと、ひとえに、治療コストを抑えるためと、治療日数の短縮化が、現代社会では求められているからである。
以前、30代の男性が耳鳴りを訴えて治療に来た。邪気を瀉すことは、針で行い、正気を補うことは漢方薬局に依頼した。この方法で、この人は3日後にはほぼ治り、1週間で完治し、以来、再発していない。この人には、夜釣りの趣味があったが、やめさせた。耳の周辺を冷やしてはならないからである。ただでさえ不眠になる。
もう若くはないよ・・・・
と言っておいた。
古典に書かれている通りの方法で、古典に書かれている通りの効果が期待できるほど、現代社会は甘くない。社会そのものが病んでいるのである。
年間3万人もの自殺者(そのほとんどは鬱死である)がいる国が健康であるはずがない。行方不明者、不審死、自殺未遂などを含めると、自殺を企図した人は、7~8万人に達するはずである。これらは、「正気」が失われた結果としての死である。精神病理学的には「鬱病死」である。
西洋医学にせよ、漢方医学にせよ、死んでいった人たちに何らの医療サービスも提供していないのである。こういう状況が10年以上続いている。
毎年大量の戦死者を出していた太平洋戦争の末期と変わらない死者の数である。B29による無差別爆撃と、2発の原爆による死者の数を別とすれば、であるが・・・・・
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